2011年7月11日月曜日

虫愛ずる姫君

 柳美里と出会ったら? 虫の観察をしようよ・・・ いっしょに、山に行くなら、この指、と~~~まれ・・・


 僕は虫愛ずる姫君が不思議でたまらない・・・


 高校の古典、何にも覚えていない 唯一、虫愛ずる姫君に恋をした、笑い へんてこりん女神系・・・

 蝶が好きな姫君のお住まいの隣に、按察使大納言の姫君のお住まいがあります。その辺の姫君なんか比べ物にならないくらい、ご両親が大切になさっています。
この姫君のおっしゃることったら、
「人々が花よ蝶よともてはやしているのこそ、あさはかでバカバカしいことだわ。人間たるもの、誠実で物事の本質を見極めようとする者こそ心ばえも立派なの」
といった事ばかり。
いろいろ不気味な虫を捕まえては
「これが成虫になる様子を見るのよ」
と、様々な虫かごにお入れになっています。
特に、毛虫が思慮深げにしているのが可愛らしい、とのことで、明け暮れ髪を耳にかけて、毛虫を手のひらの上に這わせてじっと見つめておられるのです。
若い女房達は怖がって大騒ぎするので、男の童で怖がったりしない取るに足らない低い身分の者を召し集めて使っています。
箱の中の虫を取り出させ、名を調べ、新しく見つけた虫には名前をつけて、面白がっているのですよ。

「人間はすべてありのままがいいのよ。取り繕ったりするのって良くないわ」
と言って、眉毛を抜いたりなさいません。
お歯黒なんかも
「うっとうしいわ。きたならしいし」
という事でお付けにならないのです。白い歯を見せて笑いながら、この虫たちを朝な夕なに愛しないます。
女房達が怖がって逃げるので、姫君のお部屋の辺りはいつも大騒ぎなのです。
このようにおびえる人を姫君は
「うるさいわ。はしたない」
と言って、たいそう黒い眉をしかめて睨みなさるものだから、女房達はおどおどしっぱなしです。


 両親は姫君を、まことに風変わりで余所の姫君とは全然違う、と思っておられるけれど、「きっとあの子なりの考えがあってのことなのだろう。尋常じゃないが‥‥あの子の事を思って忠告しても、逆に強く言い返されてしまうからねぇ、本当に扱いにくい子だ」と姫君にあれこれ言うのも一苦労だと思っておいででした。
そうはいっても時には姫君に
「外聞が悪いではないか。普通の人は見た目が美しいのを好むものだよ。あの姫君は気味の悪い毛虫を愛しんでいるのだ、と世間の人の耳に入ったりしたらみっともないのだぞ」
とお諭しなさいます。
しかし、
「別に噂なんて気にしないわ。いろんな事の本質を探求して、事の成り行きを見極めるのこそ意味ある事なの。それがわからないなんて幼稚よね。だってほらこの毛虫があの綺麗な蝶になるのよ」
姫君は今まさに羽化しようとするサナギを取り出して両親にお見せなさいます。
「絹といった人の着るものだって、蚕がまだ幼虫の頃に作り出して成虫になると不用になって邪魔になってしまうものからできているじゃない」
などなどの姫君のおっしゃりように両親は言い返す言葉もなく、あきれています。
さすがにお姫さまなだけあって、両親にでも直接顔を突き合わすような事はなさいません。「鬼と女は人前に出ないほうがいいのよね」とのお考えをお持ちでいるらしいのです。
母屋の御簾を少し巻き上げ几帳を立てて、前述の如く両親に賢しげにものをおっしゃっているのでした。

 この親子のやりとりを若い女房達は聞いて
「姫さまは毛虫を可愛がってたいそう得意になっておいでですけれど、こちらは気が狂いそうですよ。あの気持ち悪い愛玩物ったら‥‥」
「どんな幸運な方が、隣の蝶好きの姫君にお仕えしているのでしょうねぇ‥‥」
などと愚痴を言いながら、兵衛という女房が
「いかでわれとかむかたなくいてしがな烏毛虫ながら見るわざはせじ
(どうにかして姫さまにお説教申し上げることなくこの邸にお仕えしたいものですわ、姫さまだっていつまでも毛虫のままという事もないでしょうから‥‥)」
と詠めば、小大輔という女房が笑って
「うらやまし花や蝶やと言ふめれど烏毛虫くさきよをも見るかな
(うらやましいわよね。人は蝶よ花よと楽しんでいるけれど私たちは毛虫くさい日々を送っているんですもの‥‥)」
などと詠んで笑いあっています。
すると他の女房も
「つらいわよね‥‥。そういえば姫さまの眉毛、毛虫に似てない?」
「そうそう、そして歯茎は毛虫の脱皮、と言ったところよね」
と陰口を叩いて、右近という女房が
「冬くれば衣たのもし寒くとも毛虫多く見ゆるあたりは
(冬が来てもとりあえず着る物には不自由しないわよね、もこもこした毛虫だらけのお邸ですもの)
いっそ衣なんかも着ないでおればよろしいのに」
などと言っています。
口うるさい老女房が、そんな女房達の会話を聞いて
「若い方達は何をごちゃごちゃおっしゃっているのかしら。蝶好きの隣の姫君なんてちっともすばらしいと思いませんよ。むしろどうかとすら思いますよ。とはいえ毛虫を並べてそれを蝶だと言う人はいないわね。姫さまが主張なさっているのは、つまりその毛虫が脱皮して蝶になるということなんですよ。毛虫を愛しなさるのも蝶になる過程を求めてのことなんですよ。この探求心こそ思慮深いというのです。それに蝶を捕まえれば手に粉がついてとても気持ち悪いでしょう?また蝶は捕まえると瘧病になると言います。蝶のほうこそ、いやらしいったらありゃしない。」
などと言うものだから、いっそう反感をつのらせて女房達は陰口を言い合います。

 虫を捕まえる童達には姫君が珍しい物や彼らが欲しがる物を与えなさるので、童達はより恐ろしげな虫を捕まえ集めて姫君に差し上げます。
「毛虫は毛の感じが可愛らしいけれど、故事なんかを思い出すネタにならないから、ちょっと物足りないわ」
とおっしゃって、カマキリやカタツムリなどを取り集めて、これらに関した詩歌を大声で歌わせなさって、姫君自身も声をあげて
「かたつぶりのぉ~、角の争そふやぁ~、なぞぉ~」
といった感じで吟誦なさいます。
童達の呼び名も、ありきたりではつまらないからと、虫の名前なんかを付けなさっています。けら男、ひき麿、いなかたち、いなご麿、あま彦などと名付けて召し使いなさっているのです。


 こういった姫君の様子が世間に知れて、とても聞くに堪えない噂が飛び交っています。
そんな中、とある上達部の御子で、好奇心旺盛な愛敬ある顔立ちをした男がいました。
この姫君の噂を聞いて
「まあ毛虫好きといっても、これは怖がるだろうよ」
と、大層立派な帯の端を、蛇の形にとても良く似せて、動くように小細工なんかしたりして、ウロコ模様の懸け袋に入れて文を結び付けて送りました。
取り次いだ女房が文を見ると

  はふはふも君があたりにしたがはむ長き心の限りなき身は
(這いながらも貴女のおそばによりそっていようと思いますよ。長く変らぬ心を持っております私ですから)

と書かれてあったので、何の気なしに姫君の御前に持って参って
「袋が添えてあって‥‥、この袋、なんか開けにくくて妙に重たいんですよね‥‥」
などと言いながら袋の口を引き開けたとたん、中から蛇が鎌首をもたげました。
女房達は大混乱で大騒ぎ。
姫君は少しも慌てず、
「南無阿弥陀仏‥‥」
と念仏しながら
「前世の親かもしれないでしょ、そう大騒ぎしないで」
女房をたしなめはするものの、声は少し震えています。
顔を背け
「美しい姿の時だけ大切に思うなんて、ひどい考え方だわ」
ぶつぶついいながら、蛇を近くに引き寄せなさいます。さすがに怖く思っておいでなのか、立ったり座ったり蝶の飛ぶようにおちつかず、声はまるでセミのようになってものをおっしゃる様子があまりに可笑しいので、女房達は御前から逃げ去ってきて笑いあっていました。
とはいえ放っておいてはマズいので、事の次第を殿に申し上げます。
父の大納言は
「まったく、なさけなく不快な事を聞くものだ。どうしてそんな蛇がいるのを目にしながら、お前達は姫を放り出して来たのだ。何を考えておるのだ!」
お怒りになって、自ら太刀を片手に姫君の部屋に走っていらしゃっいました。
よくよく御覧になると本物そっくりの作り物です。大納言は手にとって
「ほう、大層上手に細工をしたらしい」
と感心して
「そなたが賢しげに虫などを愛でていると聞いてやったのであろうよ。返事を早く書いておやりなさい」
そう言い残して、自室にお帰りになってしまいました。

 女房達は作り物の蛇だと聞いて
「なんてイヤな事をする人なのかしら」
などと憎らしがっていますが、それでも
「返事をしませんと、それはそれでまた噂になったりするんですよ」
と返事を勧めるので、姫君はゴワゴワした無風流な紙に返事をお書きになります。
まだ幼くて平仮名をお書きになれないので、片仮名で

ゴエンガアレバ、ゴクラクニイッテカラアイマショウ
ヘビノスガタデハ、イッショニイルノハムズカシイコトデスモノネ

という和歌を、源氏物語の古歌を踏まえて作って見せました。


0 件のコメント:

コメントを投稿