2018年11月22日木曜日

アマテラスの家

アマテラスの家は、どんな家でしょうか?

昭和天皇

生物学研究所の顕微鏡を古くなっても買い替えることはなく、鉛筆は短くなるまで使い、ノートは余白をほとんど残さず、洋服の新調にも消極的であった。

不自然なものを好まず、盆栽を好まなかった。



晩年の昭和天皇は、芋類・麺類(蕎麦)・肉料理・鰻・天ぷら・乳製品・チョコレートの順に好物であったとされる。

朝食にハムエッグを食することを好んだという。戦後はオートミールとドレッシング抜きのコールスローにトースト2枚の朝食を晩年まで定番とした。

デッキゴルフ・ビリヤードを好み、戦艦「比叡」を御召艦にしていた際、侍従を相手に興じている。

映画が大の好みであった。ベルリン五輪記録映画『民族の祭典』やヴィリ・フォルスト監督の『未完成交響楽』(オーストリア映画)、ディアナ・ダービン主演の『オーケストラの少女』なども鑑賞されたと、戦前の海軍侍従武官であった山澄貞次郎海軍少将が回想記に綴っている。

NHK朝の連続テレビ小説と『水戸黄門』が好きだったとされる。『おしん』については「ああいう具合に国民が苦しんでいたとは、知らなかった」と感想を述べたという。テレビ番組に関してはこの他『自然のアルバム』などもよく視聴した。意外なところでは『プレイガール』も視聴したことがあるという。

好角家として知られる昭和天皇は、当時の日本相撲協会理事長・春日野清隆が「蔵間は大関になります」と語った言葉をのちのちまで覚えていたらしく、あるとき「蔵間、大関にならないね」とこぼした。

海の生物が好きであり、臣下との会話で海の生物の話題が出ると喜んだという。趣味として釣りも楽しんだ。

武蔵野の自然を愛し、ゴルフ場に整備されていた吹上御苑使用を1937年(昭和12年)に停止し、一切手を加えないようにした。その結果、現在のような森が復元された。また「雑草という植物はない」と言ったとされることでも有名。

昭和天皇は生涯に約1万首の短歌を詠んだといわれている。うち公表されているものは869首。

昭和天皇は生物学者として海洋生物や植物の研究にも力を注いだ。

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