2008年5月31日土曜日

岡本太郎の芸術論

西欧の歴史は自由獲得の闘いであった。

ピカソなどが十九世紀末精神であるフォーヴィスム(野獣派)を否定し、キュービズム(立体派)を唱えた。自然模倣から完全に脱皮し、印象派、フォーヴ等の、まだ自然主義を清算し切れていない感覚的な仕事から、絶対的に自由である知的作品を生み出した。

視覚のリアリティから、知覚のリアリティへと絵画は新しい次元に到達した。

(日本では、今日の画壇はフォーヴ一色である。知的構成であるキュービズムは受け付けられなかった。芸術を感覚でしか理解しない職人根性を意味する)

既成道徳の奴隷根性を吹き飛ばしたダダや超現実派は、反合理、反知性運動であった(だが感覚的では全然ない)。これらは、合理主義、理性主義と理論上は正反対のラインだが、実はひとつのたくましい文化の両面で、ダイナミックな創造をつづける。合理、不合理の観念的な是非論ではなく、人間性の世界的顕現があるのみである。

わが国の多くの芸術家や文化人のように、ペダンとポーズで表面を糊塗している、そんな弱者ではない。

新時代の芸術家はたくましい精神力と豊かな知性によってのみ、芸術の無限の可能性に飛び込んでいく勇気を得るのである。

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青柳洋介

追伸:個人的には、感覚と知覚、感性と知性は相反するものではないと考えています。知覚や知性に裏付けられた(コントロールされた?)感覚や感性であるべきだと思っていますが・・・

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