2008年7月19日土曜日

メヴラーナの思想

メヴラーナは、イスラムをベースにした、学者、神秘家、教師、芸術家であった。

僕は、自然信仰および仏教およびサイエンスをベースにした、学者、神秘家、教師、芸術家であるのかもしれない。

メヴラーナとの比較

人間

メヴラーナは、人間を特別なものと捉えている。

僕は、人間はそれほど特別なものでもなく、脳が発達した高等動物である、くらいです。

でも、ある程度は悟らないと、ハダカのサルと大差ない、と考えている。

メヴラーナの

「外ではない、あなた自身の中にあなたの探すものがある」

僕は

「外とインターラクションしながら、自分自身の中に探すものがある」

メヴラーナの

「半分は天使の性質、半分は獣の性質、双方を備えたのがにんげんである」

これについては、同意します。ただし、

The Babylon System can NEVER win the Divine System.

This is called "the self evident truth".

獣性はBanylon Systemに与し、天使はDivine Sysytemに与する。

愛(僕の捉え方)

We should be over Bare Apes, and then become Homo Sapiens.

愛、理性、知性、知覚、感覚、感性、感情

知覚は、知性に基づいて、外界のものを捉えること。

感覚は、感性に基づいて、外界のものを捉えること。

理性によって、感情をコントロールし、宇宙とハーモニーし、シンクロすると、それは素晴らしい愛になる。

メヴラーナの言うように、知性を超えた状態が愛だとは思わない。これらは、表裏一体です。

心とは、愛、理性、知性、知覚、感覚、感性、感情などが、トータライズして、脳に現われる現象だと思っている。

メヴラーナの、「知性とは愛と共に互いに補い合うもの」、には基本的に合意します。

知識とは、知性や感性によって、脳内に捉えた情報だと思う。

哲学

「一個人が真実の全体を俯瞰することなど、到底できない」 同意します。

「哲学であれ知識であれ、閉ざされた一個人の観測と推論に依拠する限り、広大な宇宙の神秘を知るには到底及ばない。神の愛、神の知識のみが欠けている断片を補うのである」

神を宇宙に存在するエネルギーの総体だと考えれば、メヴラーナのこの論には同意します。

知識

「知るとは自分自身を、その心と魂を知ること」

心とは、理性によりコントロールされて、表れる現象。

魂とは、エネルギーであり、感性により現われる現象。

メヴラーナの

「現象界の知は更なる憶測と疑念を増やす。幽玄界の知は空高く飛翔し俯瞰する」

メヴラーナは、

身近に大まかに現われるものを現象界だと捉えている。

宇宙に存在する精妙なエネルギーによって現われるものを幽玄界として捉えている。

「偉大なる人よ、あなた自身について知れ」

「正しい思考は道を切り拓き、正しい道は玉座へと通ずる」

「宗教とは知恵を伝授し合うことである」
「イスラムという宗教は善行を奨める」

現世の虜になった者
パンと引き換えに魂を売り払った者

現世の快楽に情熱を傾ける者、贅沢と快楽に溺れる者。
こうした者はすべて我欲の虜、我欲の奴隷となった者である。

・・・
そして太陽と光が彼らの中で合致するまで
終りなき廃墟に自らを閉じ込める。

この下りは、仏教的に言えば、一言で「知足」という。つまり、足るを知る、ということ。

メヴラーナはこの世界が刹那でしかないと考えていた。同意します。

現世の富はあなたにとって頭痛の種となるだけ
愚か者よ、そのような禍に自らを差し出すとは
たとえその頭上に太陽と月を授かったとしても
死んでしまえば煉瓦を枕に横たえられるものを

個人的には

「死は必ず訪れる」

よって、

「自身の死を受け入れるしかない」

と考えている。

Aoyagi YoSuKe

0 件のコメント:

コメントを投稿