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AUTHOR: AO
TITLE: 芝居
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CATEGORY: アート & サイエンス
DATE: 03/06/2005 03:16:05 AM
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●高校時代に学校が観劇会を市民会館で主催したときに、芝居を初めて見た。まるで興味がなく、演目も何も覚えていない。後ろのほうの席で、仲間とだべっていた。
大学に入りたてのころに、同級生が劇団獏に所属していて、ぜひ見てくれというので見た。期待していなかったのだが衝撃だった。唐十郎の「ジョンシルバー」だった。さっぱりわけがわからず、その同級生に色々質問しても、埒のあかない返事しか返ってこない。これがきっかけで芝居を見るようになった。今、考えると、唐十郎の言葉がかもし出す世界に、大学のサークルの素人役者の力量では太刀打ちできなかったことと、自分自身のつたなさが原因で、わけがわからなかったものと思われる。野田秀樹の夢の遊民社など、見てみたがいまいちだった。その後は、個人的に知り合いになった人たちの芝居を中心に見るようになった。
●東京乾電池の綾田さんと知り合いになり、初めて楽しめる芝居を見た。乾電池は渋谷の公園通りにあった「じゃんじゃん」でよく公演していた。いつも大入り満員だった。乾電池の芝居は、オリジナルの脚本で、芝居の内容というより、役者の個性を見せるエンターテインメントだった。柄本明、ベンガル、綾田さんの創りだした世界に、腹を抱えて笑った。乾電池がチェーホフなどをやり始めたころから、あまり面白くなくなって、見なくなった。ただ、綾田さんとベンガルの二人が主体になって、熊谷真美などの女優と共演した一連の芝居は面白かったので、その後も見つづけた。
●加藤健一事務所のものもけっこう見た。加藤さんがあまりに強すぎるきらいはあった。「かっこうの巣の上を」が印象深い。それと加藤さんのひとり芝居もすごかった。よくもこんなに大量のせりふを覚えられるのかと感心した。
●亡くなった范文雀さんとも知り合いになった。サインはVのジュン・サンダース役でTVを通しては、よく知っていた。彼女は、アーティスティックなところを追求する傾向があり、しんどい芝居が多かった。見た中では、大滝秀治主演の「夏の盛りの蝉のように」が一番印象深い。葛飾北斎の娘役だったと思う。あとは、緑魔子などの妖怪じみた?女優連と共演した「トップ・ガールズ」も印象に残っている。上述の加藤事務所の「かっこう・・・」にも出演した。一緒に飲んでいて「くそばばあ」とか言えるような仲になったのに、若くして亡くなったのがとても残念だ。いろいろ思い出はあるが、書き出したらきりがない。とてもカッコいい姐御だった。
●劇団第七病棟の関係者と知り合いになり、確か、その人とは、マージャンを何度かやった。それが縁で、緑魔子と石橋蓮司が浅草の「常盤座」でやった「ビニールの城」という芝居を見た。とても感動的だった。印象に残っている芝居のひとつだ。
●知り合いになった若い役者の卵や若い座長の芝居もよく見に出かけたが、ものになった者はほとんどいない。厳しい世界だ。
●歌舞伎や狂言も少しは見た。歌舞伎の美しさなどはなんとなくわかるが、十分に楽しめるようになるには、通い詰める必要があると思う。
●バリで見たケチャックやレゴンダンスは、異国情緒があって印象深い。
#最近は、芝居から足が遠のいている。理由は不明だ。。。。
(あ洋介!)
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COMMENT:
AUTHOR: ニジンスカ
EMAIL: appasan@aol.com
IP: 198.81.3.174
URL:
DATE: 03/17/2005 10:12:26 PM
常盤座の第七病棟は私も見た。
緑魔子さんを生で見たのは初めてで
すっかり魅せられた。その後しばらく
第七病棟に通ったが寡作な劇団なので
数年に一度しか上演しなかったように思う。
転位21という劇団の犯罪シリーズも
鋭かったが、現在では犯罪が多すぎて
山崎哲も創作は追いつかないだろう。
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COMMENT:
AUTHOR: 青柳洋介
EMAIL: ayosuke414@yahoo.co.jp
IP: 121.94.186.237
URL:
DATE: 03/14/2008 04:04:54 PM
忘れていた。これはこれで、なかなか見れない芝居だった。
安部公房の演劇を見たが、演劇の感じは覚えているが、タイトルなどは不明だった。ネットで調べてみた。安部公房スタジオの最後の公演を見たものと思われる。『仔象は死んだ』PARCO西部劇場。その当時の僕では、あまりに内容が超えていたため、理解が不可能だったと思われる。舞台監督の広瀬彩さんの紹介で見た。開演前に劇場を訪れて、広瀬さんが舞台の説明をしてくれたのを想い出す。彼女が地下足袋を履いていたのが印象的だった。山口果林が出演していた記憶はある。
1979年5月「<イメージの展覧会>仔象は死んだ」安部公房/安部公房スタジオ/セントルイス、エジソン・シアター~ワシントン、ケネディセンター~ニューヨーク、ラ・ママ~シカゴ、レオン・マンドル・ホール~デンバー、シュワイダー・シアター~横浜青少年ホール~西武劇場
安部公房は海外での評価が高く、ある意味、歴史の1ページに立ち会ったのだろう。
見逃してしまったのは、ボブ・マーリィの東京公演(渋谷公会堂、同年の4月4日)。あまりにも残念!そういう時代だったのだろう。
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COMMENT:
AUTHOR: 青柳洋介
EMAIL: ayosuke414@yahoo.co.jp
IP: 121.94.186.237
URL:
DATE: 03/14/2008 04:08:45 PM
最近の舞台では、
映像の魔術師ロベール・ルパージュの「アンデルセン・プロジェクト」
踊るバイオリニスト・アナスタシア
初めてのオペラ、ナターリア・ウシャコワの「サロメ」
全部、すばらしかった・・・
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AUTHOR: AO
TITLE: 芝居
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●高校時代に学校が観劇会を市民会館で主催したときに、芝居を初めて見た。まるで興味がなく、演目も何も覚えていない。後ろのほうの席で、仲間とだべっていた。
大学に入りたてのころに、同級生が劇団獏に所属していて、ぜひ見てくれというので見た。期待していなかったのだが衝撃だった。唐十郎の「ジョンシルバー」だった。さっぱりわけがわからず、その同級生に色々質問しても、埒のあかない返事しか返ってこない。これがきっかけで芝居を見るようになった。今、考えると、唐十郎の言葉がかもし出す世界に、大学のサークルの素人役者の力量では太刀打ちできなかったことと、自分自身のつたなさが原因で、わけがわからなかったものと思われる。野田秀樹の夢の遊民社など、見てみたがいまいちだった。その後は、個人的に知り合いになった人たちの芝居を中心に見るようになった。
●東京乾電池の綾田さんと知り合いになり、初めて楽しめる芝居を見た。乾電池は渋谷の公園通りにあった「じゃんじゃん」でよく公演していた。いつも大入り満員だった。乾電池の芝居は、オリジナルの脚本で、芝居の内容というより、役者の個性を見せるエンターテインメントだった。柄本明、ベンガル、綾田さんの創りだした世界に、腹を抱えて笑った。乾電池がチェーホフなどをやり始めたころから、あまり面白くなくなって、見なくなった。ただ、綾田さんとベンガルの二人が主体になって、熊谷真美などの女優と共演した一連の芝居は面白かったので、その後も見つづけた。
●加藤健一事務所のものもけっこう見た。加藤さんがあまりに強すぎるきらいはあった。「かっこうの巣の上を」が印象深い。それと加藤さんのひとり芝居もすごかった。よくもこんなに大量のせりふを覚えられるのかと感心した。
●亡くなった范文雀さんとも知り合いになった。サインはVのジュン・サンダース役でTVを通しては、よく知っていた。彼女は、アーティスティックなところを追求する傾向があり、しんどい芝居が多かった。見た中では、大滝秀治主演の「夏の盛りの蝉のように」が一番印象深い。葛飾北斎の娘役だったと思う。あとは、緑魔子などの妖怪じみた?女優連と共演した「トップ・ガールズ」も印象に残っている。上述の加藤事務所の「かっこう・・・」にも出演した。一緒に飲んでいて「くそばばあ」とか言えるような仲になったのに、若くして亡くなったのがとても残念だ。いろいろ思い出はあるが、書き出したらきりがない。とてもカッコいい姐御だった。
●劇団第七病棟の関係者と知り合いになり、確か、その人とは、マージャンを何度かやった。それが縁で、緑魔子と石橋蓮司が浅草の「常盤座」でやった「ビニールの城」という芝居を見た。とても感動的だった。印象に残っている芝居のひとつだ。
●知り合いになった若い役者の卵や若い座長の芝居もよく見に出かけたが、ものになった者はほとんどいない。厳しい世界だ。
●歌舞伎や狂言も少しは見た。歌舞伎の美しさなどはなんとなくわかるが、十分に楽しめるようになるには、通い詰める必要があると思う。
●バリで見たケチャックやレゴンダンスは、異国情緒があって印象深い。
#最近は、芝居から足が遠のいている。理由は不明だ。。。。
(あ洋介!)
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常盤座の第七病棟は私も見た。
緑魔子さんを生で見たのは初めてで
すっかり魅せられた。その後しばらく
第七病棟に通ったが寡作な劇団なので
数年に一度しか上演しなかったように思う。
転位21という劇団の犯罪シリーズも
鋭かったが、現在では犯罪が多すぎて
山崎哲も創作は追いつかないだろう。
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忘れていた。これはこれで、なかなか見れない芝居だった。
安部公房の演劇を見たが、演劇の感じは覚えているが、タイトルなどは不明だった。ネットで調べてみた。安部公房スタジオの最後の公演を見たものと思われる。『仔象は死んだ』PARCO西部劇場。その当時の僕では、あまりに内容が超えていたため、理解が不可能だったと思われる。舞台監督の広瀬彩さんの紹介で見た。開演前に劇場を訪れて、広瀬さんが舞台の説明をしてくれたのを想い出す。彼女が地下足袋を履いていたのが印象的だった。山口果林が出演していた記憶はある。
1979年5月「<イメージの展覧会>仔象は死んだ」安部公房/安部公房スタジオ/セントルイス、エジソン・シアター~ワシントン、ケネディセンター~ニューヨーク、ラ・ママ~シカゴ、レオン・マンドル・ホール~デンバー、シュワイダー・シアター~横浜青少年ホール~西武劇場
安部公房は海外での評価が高く、ある意味、歴史の1ページに立ち会ったのだろう。
見逃してしまったのは、ボブ・マーリィの東京公演(渋谷公会堂、同年の4月4日)。あまりにも残念!そういう時代だったのだろう。
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AUTHOR: 青柳洋介
EMAIL: ayosuke414@yahoo.co.jp
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DATE: 03/14/2008 04:08:45 PM
最近の舞台では、
映像の魔術師ロベール・ルパージュの「アンデルセン・プロジェクト」
踊るバイオリニスト・アナスタシア
初めてのオペラ、ナターリア・ウシャコワの「サロメ」
全部、すばらしかった・・・
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