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山極寿一氏「薄れる縁、遊動の時代に」
Re:Connect 私の住まい⑤
新型コロナウイルス禍を機に、住まいの形を変え、家族などとのつながりを見直す人々が増えた。拠点をもたずに「遊動生活」を送るゴリラなどの霊長類研究の第一人者、総合地球環境学研究所の山極寿一所長(70)は故郷を一つに定めず世界を飛び回ってきたひとりだ。住居の機能にも着目してきた山極所長に今後の展望などを聞いた。
【これまでの連載】
①暮らす場所はサブスクで お試し移住、地域再生の芽に
②家のシェア、悩みも分かつ 家事や育児「共助」広がる
③同居のロボは家族の一員 愛される能力が住まい豊かに
④車の中で自分らしく 職場・家庭以外の「第3の場所」に
――コロナ下で引っ越したり、複数の拠点を持ったりする人が増えました。
「根本的な理由は、明治時代から160年くらいたち、みんな故郷を持たなくなったことだと思う。明治政府による富国強兵政策で、家族は子どもたちを都会に出した。そのころは故郷を持っていて、仕送りしたり、盆正月に帰ったりしていた。そこから4世代目、5世代目となって、たとえば曽祖父が青森から東京に出てきていたとしても、青森は自分のふるさとではない」
「とりわけ都会に住んでいる人たちはアイデンティティーがなく、どこに住んでも同じ。だったら住みやすい場所を選んでいこうか、という選択肢が出てくる」
――家族以外とのつながりが減ったのも一因でしょうか。
「これまで人々をつなぎ留めていた『縁』は3つあった。まずは地縁、つまりふるさと。次に血縁、これも少子化などでなくなりかけている。結婚式もしない、葬式もしないというのがコロナで加速し、血縁の絆が薄れた」
「もう一つは『社縁』。これまでは会社が生活保障をするたてつけで、終身雇用・年功序列・新卒一括採用が当たり前だった。ただ、非正規雇用が4割を超え、会社で奉職しようという若者も減った。社縁がなくなり、新たな縁を求め始めている」
――人との「いい距離感」を探る動きもあります。
「人間社会は『動く自由』『集まる自由』『語る自由』でできている。それが、コロナ下で動く自由が制限された。家族だけでなく、シェアハウスなどでも、それぞれの自由な動きを尊重してきたことで一緒に居られたが、自由のバランスが崩れてしまった」
「遊動生活を送るゴリラは、体の大きさが違う雄と雌がそれぞれ自分のペースで食べ歩き、子どもたちは周りを跳びはねながら動く。それぞれの自由な動きを担保することで、大きな単位ではまとまっていられる」
――今後の住まいの形はどうなっていくでしょうか。
「最近は『遊動の時代』になった。この1万年間、農耕牧畜が始まって以来、人々は定住をめざしてきたが、IT環境や集配システムの発達により移動しやすくなった。定住していなければ、モノをためることもない。遊動の時代というのは所有物がなくなる時代でもある」
――山極所長にとって「家」とは。
「私も東京都国立市という新興都市で育ち、ふるさとを持たない人間のひとりだが、世界中に自分のふるさとと言える場所はある。屋久島(鹿児島県)やアフリカのガボンとコンゴ民主共和国には古い仲間がいる。そこに行けば、友人たちとすぐに元の付き合いに戻ることができる。京都も含めて家は持っていないが、自分の居場所があるという意味で家みたいなものだ」
――家を買おうと思ったことはありますか。
「マンションも含めて買ったことは一度もない。一時しのぎでいいと思っていた。それよりも新しい世界に飛んでみたいという気持ちが強かった。だから『複数居住制』をとっている。1カ所に住んでいても仲間は増えない。それよりも、複数の場所に小さな仲間を持っている方が、自分の幅を広げられると思う」(秦明日香)
=おわり
やまぎわ・じゅいち 1952年東京都生まれ。75年京都大卒。京大霊長類研究所などをへて2014年京大学長。国立大学協会会長や日本学術会議会長も務めた。21年から現職。アフリカで野生のゴリラの生態を観察し、人間の家族や社会の起源を研究してきた。