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2011年9月5日月曜日

ユニ・エージェンシー

http://shuppan.sunflare.com/harada/interview_02-1.htm


版権エージェントに聞いておこう(前半)

語る人 三枝明子(みえだ・あきこ)さん、(株)日本ユニ・エージェンシー 児童書担当
聞く人 原田勝、翻訳者; 斎藤静代、翻訳者
対談企画第二弾は、大手版権エージェントの一つ、日本ユニ・エージェンシーの児童書担当、三枝明子さんにお話を伺いました。翻訳者にとっては、原書の翻訳権があいているかどうかはとても気になるところ。今回は、版権エージェントの仕事内容、翻訳者との望ましい関係や、三枝さんの翻訳出版にかける思いを中心に話していただきました。
前回同様、聞き手はわたし原田と、翻訳者の斎藤静代さんです。

三枝明子(みえだ・あきこ)さんプロフィール

(株)日本ユニ・エージェンシー、児童書担当
書籍・雑誌編集、ライターなど出版業界での仕事を多数経験。2007年4月より現職。気さくなお人柄で、瞬く間に聞き手を三枝ワールドに巻きこむ仕事大好き人間。


原田:さっそくですが、版権エージェントという仕事を簡単に説明していただけますか?
三枝:わたしたちは、日本の出版社に海外の作品をご紹介する場合、海外の権利者やエージェントの代理人なんです。ですから、たとえばアメリカのAという権利者が日本のB社という出版社に翻訳権を売った場合、B社からAに支払われるアドバンス(前払金)や、B社から申告される一定期間内の実売部数に応じた印税の中から、契約で定めた手数料をいただくことになります。扱う商品は書籍だけでなく、テレビや映画などの映像やキャラクター肖像権なども含まれるんですよ。
原田:当然、海外のブックフェアなどにもいらっしゃるんですよね?
三枝:ええ。春のボローニャ、秋のフランクフルトには必ず出かけていきます。
原田:具体的にはどのように本を出版社に紹介するんでしょう?
三枝:本来なら、これと思った原書を肩にかついで、行商みたいに出版社さん回りをしたいんです。編集者をしているころに、そんな風に原書を紹介に来るエージェントの方を見て、ああ、いい仕事だなあ、と思っていました。でも現実には人手が足りなくて、不本意ですが、電話で売りこみをして原書を宅配便で送ることが多いですね。
原田:今、ユニさんには何人くらい社員がいらっしゃるんでしょう?
三枝:二十名前後です。その中でほぼ半分が事務方、残りが版権売買の仕事をしていることになります。児童書・絵本担当はわたし一人なので、てんてこまいなんです。
原田:一人ですか? それは大変だ。
三枝:それでも、編集者さんに絵本の「読み聞かせ」をすることもあるんですよ。
原田・斎藤:え?
三枝:編集者の方たちに内容を理解していただくために、絵本の原書をもっていって、その場で日本語に直して「読み聞かせ」をするんです。
原田・斎藤:へえー!
三枝:また、翻訳権を売ったらおしまいではなくて、たとえば海外の印刷所などと組んで共同印刷する場合、入稿データや校正の仲介をしたり、絵本の原画データを版元から取り寄せる手配をしたり、そういう製作サイドの仕事もフォローします。イギリスの出版社などは、部数確保のために最初から数カ国で同時出版を企画する場合もあります。日本の絵本市場は大きいので、海外の権利者にとっては魅力的なんです。
原田:そこまで版権エージェントの仕事とは知りませんでした。大変そうですね。翻訳権を売ればおしまい、と思ってたんですが……。
三枝:それだけじゃないんです。共同印刷だけでなく、絵本やビジュアル本の画像データ、一般の書籍でもイラストの元データなど、なかなかすぐに送ってもらえないことも多いのですが、日本の出版社にご迷惑をかけないよう、できる限りがんばっています。
原田:原書を出版社に紹介する際、自分の趣味や嗜好がじゃまになりませんか?
三枝:編集者の頃は、好みの本はとくに気持ちを入れて作ることもありましたが、今はそんなことはありません。どんな本でもまず受け入れます。受け入れて、自分なりに分類し、「ラベル」を貼っていくんです。こっちの山には「かわいいクマちゃん系」、こっちの谷には「家族ものシリアス系」とか……。それで、出版社から「こういう感じの本はないか?」と問い合わせがあると、その山や谷へ行き、作品を掘り出してきて紹介する、という感覚です。たぶん、世の中にあるもので一人の人間の趣味に合うものなんて、一割あるかないかでしょう。でも、それぞれの本のいいところを見つけて、それをプレゼンするのは苦にならないんです。
原田:日本には今、いわゆる大手と言われる版権エージェントが三社あって、こちらの日本ユニ・エージェンシーのほかに、タトル・モリ・エージェンシー、イングリッシュ・エージェンシーがありますが、どういう住み分けになっているんでしょう?
三枝:海外の権利者と独占契約を結んでいる場合がありまして、たとえばユニの場合はアメリカのランダムハウス社、絵本中心のイギリスの出版社ウォーカー社などがそうですし、アメリカのルーカス・フィルムの総代理店もやっています。そういう独占契約がない場合は、一件ごとに他のエージェントさんと競合になります。できれば独占契約の版元を増やして、落ちついて、いい仕事をしたい、というのが本音ですが……。エージェントを通さずに権利者から直接、版権を買われる出版社もありますし、なかなか思うようにはならないのが現実ですね。
いい仕事というのは、それぞれの本に一番ふさわしい形で翻訳出版されるように、出版社や翻訳者をアレンジしたいという意味です。ただし、中には同じ作家や権利者の作品でも、このシリーズはユニで扱うけれど、こっちは別のエージェント、などと錯綜しているケースもあります。
原田:では、わたしたち翻訳者が、自分が読んだ原書が面白いので翻訳したいと思った時、どうすれば翻訳権があいているかを調べられるんでしょう?
三枝:基本的に「日本語独占翻訳権」、いわゆる翻訳権は日本の出版社にしか売ることができません。いくらお金をもっている人でも、個人に翻訳権を売ることはできないんです。なぜなら、出版機能をもたない人や組織に翻訳権を売って、それっきり本にならなければ、その本が飼い殺し状態になってしまうからです。つまり、翻訳権の情報をお渡しできる相手は、基本的には出版社ということになるんですね。
原田:今の情報化社会では、インターネットを通じて、ある書籍が本国でどれくらい売れていて、どういう評価を受けているかは簡単にわかってしまいますよね。ところが、翻訳権があいているかどうかは公開されていません。面白い原書を見つけて、シノプシスを書き、出版社に問い合わせ、結果、もう翻訳権は売れてます、翻訳者も決まってます、残念、ということがあるわけですが……。
三枝:じつは、翻訳者志望の方からの問い合わせの電話が増えているんですが、版権情報はエージェントにとって商品の一部とも言えるわけですから、すべてオープンにお知らせするわけにもいかないんですね。気持ちとしては、すべての問い合わせにお答えしたいのですが、難しいのが現状です。できれば出版社を通じて問い合わせていただきたいです。なぜなら、Ⅹという出版社から、ある作品について翻訳権があいているかどうか問い合わせがあったとしますね。作品の内容とⅩ社の出版傾向が近ければ、海外の権利者に対してポジティブな報告ができます。「Ⅹ社さんなら、きっと日本にしっかり根付かせてくれますよ」と、言える。つまり、ビジネスになるのです。
じゃあ、直接翻訳者の方とおつき合いしていないのかと言えば、そんなことはなくて、あるジャンルで一定の評価を受けている翻訳者の方ならば、お互いに情報交換して、出版に結びつくよう動いています。
原田:なるほど。ただ翻訳権が売れればいい、というわけではなく、その本にふさわしい出版社から、ふさわしい訳者の翻訳で出版できるのが理想ですよね。
三枝:版権エージェントの仕事は「里親探し」だと思うんです。たとえば、アメリカで生まれたこの子は、こまっしゃくれてクセが強いのだけど、根はとっても素直な子だ、と思えば、これは広く一般の読者を想定して本作りをする大手の総合出版社じゃなく、特定の読者をもっている小さな出版社の中に、この子の良さをわかってくれて、いいところを伸ばしてほめてくれる、そういう里親がいるはずだ、と考えます。それなら、ここと、ここに声をかけてみよう、となるわけです。
斎藤:「里親探し」という表現は、心のこもった、いいたとえですね。
三枝:紹介した本が日本で売れてくれるのもうれしいですが、あそこならいい里親になってくれるんじゃないかと思っている出版社から、「翻訳権あいてませんか?」といって、里親の申し出があるケースですね。そういう時は、よし、って感じですよ。「はいはい、あいてますよ。この本、ちょうどお宅にご紹介しようと思ってたんですっ!」って。そして、里子に出したらおしまいじゃなくて、そのあとも元気に育ってるかな、と見守るのもわたしたちの仕事と考えています。

原田:先ほど、編集者に絵本の即興翻訳読み聞かせをすることがあるとおっしゃいましたが、たしかに編集者の方々が、皆さん原書がどんどん読めるわけでもなく、また読む時間もないことが多いですよね。また、海外の作家やジャンルの情報を系統的に追う暇もない。一方で、翻訳者は、特定の作家やジャンルをずっと追いかけている人が多いと思います。ですから、翻訳者が版権エージェントの方々とタッグを組んで、そういう情報こみで出版社に売りこみをかけるという形がもっとあっていいんじゃないかと思うのですが、いかがですか?
三枝:そのとおりだと思います。ご検討いただける出版社の数は増えているわけではないのに、流れこんでくる原書の数や、翻訳出版される本の点数は確実に増えている。そこに翻訳者集団というか、翻訳者の方たちが活躍する余地があります。翻訳者さんの中には、ジャンルや作家に思い入れをもっていて、「三枝さん、今度この作家の新作が出るらしいんだけど」とか、「これ、すごいよ、これこれこういう話でさあ……」とか、言ってくれる人がいらっしゃいます。わたしはそういう話にもとづいて、それなら、あの出版社のあの編集者の方に見ていただこうか、と目星がつけられる。出版社が興味を示せば、その翻訳者さんにシノプシスを作ってもらって送る。出版が決まれば、できればその翻訳者さんに翻訳をやってもらう、という流れで進められます。
この方法だと、本の特徴をアピールすることができて、より多くの本を縁付かせることができると思います。出版社も助かると思いますよ。
原田:エージェントの方たちだって、毎週送られてくる原書の山で溺れかけていると思うので、翻訳者は原書ウォッチャーとしてお手伝いができるということですね。
「洋書の森」のように、まだ版権の売れていない本を集めて翻訳者に公開する方法もありますが、今言ったようなやり方の方が出版につながる可能性が高く、エージェント、出版社、翻訳者の三者がみんなハッピーになると思うのですが。
三枝:ジャンルにもよりますね。あまりにニッチなジャンルだと、出版に結びつけるのは簡単ではありません。翻訳者の方が熱意をもってもちこんでこられても、すぐに出版に結びつくわけではありません。何年かお時間をいただくこともあるということです。
ですから、現実的にはこんな手順になると思うのです。たとえば、どなたかの紹介でわたしたちが翻訳者の方と会い、その方の実績や得意分野や好き嫌いなどを伺って、マッチしそうなものがあれば原書を紹介し、読んでいただいてシノプシスを作ってもらいます。それをもとにわれわれが出版社に売りこむとか、その翻訳者の方に独自に動いてもらう、というやり方ですね。翻訳者の方が、われわれとはおつき合いの浅かった出版社さんを引っぱってきてくれるケースもありますし。
原田:そこで問題になるのは、実績のない、あるいは実績の少ない翻訳者はどう動けばいいか、ということです。
三枝:そうですね。やはり実績のある方だとわたしたちはありがたいですね。
一方で、日本ユニ・エージェンシーは「洋書の森」に原書を預けたり、あるいはバベル、アメリア、といった翻訳教育部門と出版部門の双方をもった会社に、公募などの形で原書を提供したりもしていますので、そういうルートを活用していただければと思います。
原田:エージェントも出版社も翻訳学校も、それぞれ営利企業であり、慈善団体ではないのですから、翻訳者もそれを理解した上で、きちんと情報を集め、本を読み、腕を磨いて動け、ということでしょうか。そうすれば必ず人に訴えかける力が身につき、話を聞いてくれるところも増えていきますからね。
三枝:人それぞれ得手不得手がありますし、好きなジャンル、得意なジャンルをもっている方とは話がしやすいですね。
原田:斎藤さんは、今日、三枝さんと初めて会ったわけですが、どうですか、得意ジャンルを売りこむとしたら?
斎藤:好きな本は「女性もの」です。女性が生まれてから死ぬまで、どんな一生を送ったか、そういうことが描かれている本が好きです。
三枝:読んでいて身につまされませんか?
斎藤:痛みを感じるのがいいんです。胸がどきどきして……。ああ、でも、あまり熱くなってはいけないのかもしれません。もっと冷静に作品を評価できないと。
原田:いや、そうでもないでしょう。熱くなればいいんですよ。冷ましてくれる人はまわりにいっぱいいるから。編集の人たちは、その辺は鼻が利く人が多いですよ。
三枝:それに、翻訳者も一人の人として自己主張してほしいですね。たとえば、この本はここが好きだ、ここがこうだから面白い、ここに熱くなるんです、という話を聞きたい。その人がどんな人なのか、こちらに伝えてほしいと思います。それがあれば、新着の本が来た時、この本ならあの人に読んでもらおう、と顔が浮かびますから。
斎藤:でも、どんな人でもここへ来て、原書を見せてもらったり、翻訳権の情報をいただけるわけではありませんよね。
三枝:わたしたち版権エージェントが、どういう仕事をしていて、翻訳者の方とどういう形で協力できればいいと考えているかは今日の話でわかっていただけたと思います。あとは、こちらがお話を伺いたくなるような立場を作ってほしい。その立場を作るのは翻訳者ご本人しかいない。そうなるまで頑張ってほしいと思いますね。
今日はなんとなく、「版権エージェント」「出版社」「翻訳者」という代名詞で話していますが、じつはすべて人間対人間なんです。メールでも、電話でも、会って話をしていても、相手の人間性を感じながらやりとりをしているわけです。表向きの話は、立場とか、権利とか、そういう枠の中で進むのかもしれませんが、結局は一人の人として、あとで恥ずかしくない応対をお互いにしたい、そう思います。
原田:おっしゃるとおりです。本にまつわる仕事というのは人間関係でなりたっていますから。
三枝:仕事ですから、大変なこともありますが、最終的にわたしが紹介した本が出版され、それを読んだ子どもさんから届いた感想を見せてもらったり、あるいは、書店の店先で一心不乱に絵本を座り読みしている子を見かけると、ああ、大変だったけど、あの本やってよかったなあ、と思います。児童書は子どもの頃から好きだったし、たまたまユニに入って配属されたのが児童書で、ほんとにラッキーです。
作者の思いや原書のたたずまいを、わたしたちの仲介で、翻訳書というもう一つの形で世に送りだせる。そう思うと、とっても楽しい仕事なんです。
原田:今日は長時間、貴重なお話をありがとうございました。本を見る角度がまた一つ増えた気がします。これからも、たくさんの本を日本に紹介してください。ありがとうございました。
(この対談は、2008年1月23日、神田神保町にある(株)日本ユニ・エージェンシーで行ないました。)

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