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2016年4月13日水曜日

余生

下北沢ギルド

収束です。

東京と縁が切れました。

バードマン


余生

柏の森ギルドで過ごします。

柏の森はシャングリラです!

何の不満もありません。

あお


春望 杜甫 
     
国破山河在  国破れて 山河あり
城春草木深  城春にして 草木深し
感時花濺涙  時に感じては 花にも涙をそそぎ
恨別鳥驚心  別れを恨んでは 鳥にも心を驚かす
烽火連三月  烽火 三月に連なり
家書抵万金  家書 万金に抵(あた)る
白頭掻更短  白頭 掻(か)けば更に短く
渾欲不勝簪  渾(すべ)て 簪(しん)に勝(た)えざらんと欲す

絶句    杜甫

江碧鳥逾白 江碧にして鳥逾(いよいよ)白く
山青花欲然 山青うして花然(も)えんと欲す
今春看又過 今春看(みすみす)又過ぐ
何日是帰年 何れの日か是れ帰年ならん



李白・杜甫・白居易
(Wikipedia)

李白

李白の詩は豪放磊落で、唐の絶頂期の男性的な力強さを持っていると言われる。素直な感情をダイナミックに表現する骨太な詩風が特徴。

李白の豪放な性格では官僚は確かに似合わなさ過ぎると言えよう。こうして李白は再び念願の自由人に戻ったのである。


杜甫

杜甫の詩の特徴としては社会の現状を直視したリアリズム的な歌を作詩しており、同時代の親友でもあり、幻想的で明るい歌を作詩する李白とはある意味反対の詩風を持っていた。詩史(詩による歴史)とも呼ばれるその叙述姿勢は、後には白居易の諷喩(風諭)詩等によって受け継がれていくこととなる。

当時の名門出の詩人達の大半が思うように仕官して政治を行いたいという願望をもっていたが、それが適わない夢と終わってしまったことにより、少しでも社会を良くしようと思う気持ちが詩に大きく影響している。



李白と杜甫は対照的なんだな。

白居易

772年、鄭州新鄭県に生まれた。子どもの頃から頭脳明晰であったらしく、5~6歳で詩を作ることができ、9歳で声律を覚えたという。

彼の家系は地方官を輩出するくらいの低い家柄であったが、安禄山の乱以後の政治改革により低い家系でも取り立てられやすくなったおかげもあり、800年、29歳で科挙の進士科に合格した。35歳で盩厔県(ちゅうちつけん、陝西省)の尉になり、翰林学士、左拾遺にまで上りつめた。このころ、『新楽府』を完成させた。

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