混雑緩和、リモートワーク、都心オフィス空洞化など
「金の蔵」など時短継続 外食、協力金なくなり苦境も
鈍い客足、第6波を警戒
小売り・外食
2021年10月22日 2:00 [有料会員限定]
東京都や大阪府が21日、飲食店への営業時間の短縮要請を25日からやめる方針を決めた。ただ、新型コロナウイルスの感染「第6波」への警戒から足元は客足の回復が鈍く、通常営業への復帰を見送る外食企業が相次いでいる。制限解除により、業績を支えてきた時短協力金は自治体から得られなくなる。外食企業の苦境は続く恐れがある。
「恐れるな」と言う政府、がらがらの中華街 8割接種のシンガポール
会員記事
シンガポール=西村宏治2021年10月21日 7時30分
匂いが漂ってこない。それに、人影があまりにも少ない。歩きながら、そんなことが気になった。
9月中旬、私はシンガポールの中華街にあるチャイナタウン・コンプレックスに向かっていた。700にのぼる屋台や店舗がひしめく庶民の台所で、ふだんなら魚介や鶏や豚のスープ、炒め物のごま油の香りが周辺にまで漂う。
コロナの集団感染が出て直前に3日ほど閉鎖されたが、再開しているはずだった。しかし、中に入ってみると人の気配がない。飲食店はほとんど閉まり、それ以外も数軒が開いているだけだった。
話を聞こうと順番に回ってみたが、取材と分かると「うちは安全だよ」などと言われて話が進まない。ようやく「匿名なら」と応じてくれた店主(62)は、なぜ閑散としているのかとの問いに、ため息をついた。「みんな、怖がりすぎなんですよ」
「私も家族もワクチンを打ったし、毎週、検査もしている。でも、みんな感染が増えると怖がって街に出ない。商売にならないから、店を開けないところも多いんです」。店主はそう続けた。
感染者の98%が無症状か軽症
シンガポールでは、8月の終わりまでに人口(約545万人)の8割がワクチンの接種を終えた。ほとんどが米ファイザー製か米モデルナ製だ。12歳以上の対象者に限ると9月初めに88%に届いた。
だがデルタ株による感染が収まらない。新規感染は8月下旬の1日100人台から、10月上旬の3千人台に。日本の人口規模に引き直せば、7万人という規模である。
それでも、保健省によると感染者の98%が無症状か軽症で、亡くなる人は0.2%ほどだという。一部の経営者らは「それならば、怖がらずに経済を回すべきだ」と言うのだ。
しかし、この国に赴任して1年半になる私には「恐れ」もよく分かる。新規感染は多くても1日数十人という状況に慣れていたので、3千人台は単純に怖い。
シンガポール政府がめざしてきたのは、徹底的なコロナの封じ込め。「ゼロコロナ」政策である。もともと「つば吐き禁止」などルールの多さで知られる国だ。昨年4月にはコロナ関連法制を整え、罰則を導入して厳しい規制に乗り出した。
「感染のエスカレートに先手を打つため、いま決定的な行動を取らなくてはならない」。テレビの中のリー・シェンロン首相が、そう訴えていたのは2020年4月3日。日本から入国したばかりの私は、隔離中のホテルの部屋でそれを見ていた。
4日後、外出制限が始まった。結果的に約2カ月、生活必需品を扱うところを除くすべての店が閉鎖され、街から人が消えた。
その後、規制は段階的に緩和されたが、外出時の人数制限や、通勤の制限などは残った。昨年10月ごろには国内感染がほぼゼロになったが、政府は「ガードを下げてはならない」と言い続けた。
ようやくビジネス街に活気が戻ってきたのは、今年4月だ。通勤規制の上限が「在宅勤務が可能な従業員の75%まで」になった。
だが、そこまでだった。デルタ株が広がってきたのだ。
4月下旬の政府のオンライン記者会見では、緊張感がありありと伝わってきた。安全対策を取っている感染症の拠点病院で、ワクチン接種済みの医師や看護師らが感染したからだ。政府は空気感染の可能性もあると疑い、封じ込めに動いた。
新規感染は1日50人にも満たなかったが、在宅勤務が原則になり、外食も禁止。いったん緩んだが7月、今度は1日100人超の波が来た。三たび外食禁止。失望が広がった。
再び規制強化に動いた政府
ただし希望はあった。ワクチンだ。
「ワクチン接種率が人口の3分の2に届けば、規制を緩和できる」。政府はそう説明し、シンガポールの独立記念日(8月9日)を「ゼロコロナ」から「コロナとの共生」に移るタイミングに設定した。そして8月10日、外食を解禁。8月19日、50%までの通勤を解禁。9月初めには、さらなる緩和に踏み込む計画だった。
だが、新規感染は週を追うごとに倍増。結果として重症者も増え、病床不足の可能性が出てきた。
「共生にかじを切ったのだから、感染増は想定内」。当初はそう答えていた政府も、結局は規制強化に動いた。外出は1グループ2人までとなり、企業は在宅勤務が原則になった。病床不足を解消するまでの「一時的な措置」(オン・イェクン保健相)とされた。
政府が急いでいるのが、自宅療養制度の拡充だ。
9月18日。自宅に白い封筒が届いていた。政府から全家庭に無料で配られている抗原検査キットだ。当面は、職場に出る人などに週1回の定期検査が要請されている。
自宅療養の指針は、大まかにこんな具合だ。
感染者の濃厚接触者:「接触者追跡アプリの情報をもとに政府が自己検査を要請。7日間、毎日検査をして結果を政府に報告」
陽性だが無症状の人:「72時間の自己隔離後、自己検査で陰性になるまで隔離を継続。症状が出たら医療機関へ」
症状がある人:「医師の判断に従う」
一方で、無症状や軽症だが重症化しやすい人を見守る施設の整備も進めている。高齢者、糖尿病などの既往症のある人、妊婦といったリスク群を絞り込み、手厚く見守ろうという狙いだ。
ワクチン接種では9月に60歳以上へのブースター接種を始め、10月に50歳以上に拡大した。11歳以下へのワクチン接種についても、来年初めの開始を視野に入れている。
「ワクチン接種済みで若くて健康な人は、ほとんどの場合、手当てがいりません。解熱剤、せき止めぐらい」。数百人の新型コロナ患者を診てきたマウントエリザベス・ノベナ病院の医師レオン・ホーナムさん(51)は言う。「いまの課題は『恐れ』。必要以上に多くの人が医療機関に来て、負担をかけている。過度に恐れずに病気を管理することが大事です」
「恐れ」が規制を不当に長引かせている、という見方もある。たとえば昨年にコロナが流行した外国人労働者向け宿舎の入居者たちは、いまも自由な外出が許されていない。彼らへの医療支援を続けてきた医師のジェレミー・リムさん(47)は「ワクチン接種が進み、病気の性質も分かってきたいま、これほど厳しい対応を続ける理由はありません」と言う。
そして政府は、その「恐れ」をぬぐい去ろうともしている。
10月9日。リー首相はテレビ演説で「恐怖で動けなくなってはいけない」と訴えた。人混みを見てもドキドキしなくてすむ「ニューノーマル」まで、最低3カ月、おそらく6カ月程度でたどり着くとの見通しも示した。
そう言われて恐怖が消えるかと言えば、そう簡単ではない。私自身、人混みを見るだけで落ち着かない気持ちになる。なにせ1年半以上「コロナは怖い」と言われ続けてきたのだ。
でも一方で、安心感が芽生えつつもある。市民の間にも「政府がそう言うなら、大丈夫なんだろう」という反応がある。
理由のひとつは、伝え方だろう。私はこれまで40回を超えるオンライン会見の映像を見てきたが、規制を強めるにしても、弱めるにしても、方針転換のたびに根拠は科学的に語られてきた。
分からないことは「分からない」と言う。どのデータに基づいた判断かも説明する。ごまかしはしない。
厳しい現実も語られてきた。リー首相も9日の演説で、「シンガポールでは毎年4千人以上が肺炎で亡くなっている」と前置きしつつ、「今後数カ月、コロナ関連死も増え続けるだろう」と言った。
さらに大きいのは、成果を上げてきたことだろう。米ジョンズ・ホプキンス大のまとめ(10月12日時点)によれば、人口10万人あたりの死者数は、米国217人、ドイツ113人、イスラエル87人、日本14人。シンガポールは3人だ。その現実が政府の求心力となり、人の心を動かしてもいる。
シンガポール政府は、事実上の一党独裁に支えられた強い力を持つ。国内にはルールも罰則も多く、メディア規制もある。政府に強い力があるから結果を出せた面は確かにあるだろう。
だが、規制だけでは人の心は動かせない。率直に説明し、結果を出して求心力を維持できたからこそ、強い規制も受け入れられ、効果を発揮した。そうした側面も大きいように感じている。
◇
にしむら・こうじ 2000年から朝日新聞記者。東京、大阪の経済部のほか静岡、神戸、長野、仙台、京都などで人々の暮らしと経済を取材してきた。コロナ禍まっただ中のシンガポールに赴任し、行動規制の緩和と強化に一喜一憂する日々を過ごしている。週末のウォーキングと、屋台でのビールがなによりの息抜き。(シンガポール=西村宏治)
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