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2020年9月26日土曜日

鎖国(アマテラス政府)

「鎖国」ニッポン いつ開国に
2020年9月26日 19時58分

「鎖国状態」
安倍総理大臣(当時)は、コロナ禍で海外との人の往来を大幅に制限している現状をこう呼んだ。
9月16日現在、日本が入国拒否の措置をとっている国と地域は159。このまま「鎖国状態」が続けば、観光業をはじめ国内の社会経済に致命的なダメージを与えかねない。
しかし往来の再開には、「感染防止との両立」というハードルが立ちはだかる。「開国」に試行錯誤する政府内の動きを追った。
(政治部・木村有李)

「日本が取り残される」
政府が、海外との往来の再開を検討し始めたのは、今年5月。
全国に緊急事態宣言が出され、不要不急の移動などの自粛を求めていたさなかのことだった。

この時点で政府が入国拒否の措置をとっている国は90近くに達し、さらに増えることが確実視されていた。

一方、中国や韓国は限定的に外国人の入国を緩和。ヨーロッパでもEU域内の移動制限の緩和に向けた検討が始まっていた。

海外との結び付きが生命線である島国・日本にとって、往来の制限が長引けば、国内の社会経済が極めて厳しい状況に置かれることは明らかだった。

各国の動きに、政府関係者は危機感をあらわにした。
「そろそろ緊急事態宣言の終わりが見えてきたタイミングに、中国や韓国、ヨーロッパで人の往来を緩和する動きが伝わってきた。世界経済の再開が意外と早いのではないか。このままでは日本がポツンと取り残される」
外務省と経産省 vs 厚労省
「往来の再開」と「感染拡大の防止」の両立を、どう実現するのか。

政府の方針として、往来の再開は最初にビジネス関係者を対象とし、続いて留学生、そして観光客という順番とすることには異論はなかった。

ポイントは2つ。1つは、外国人に対し、14日間の待機を要請するかどうかだった。
外務省と経済産業省は待機措置は必要ないと主張。これに対し厚生労働省は、厳格な感染防止策が必要だとして待機措置の継続を求めて激しく抵抗した。

外務省幹部は厚生労働省の態度に、「愚かだ」とさえ語った。
「感染を完全に防ぐためには、世の中全員を隔離すればいい。それがベストだ。しかしそんなことは不可能だ。企業経営者で14日間の待機を覚悟して日本に来る人が、どれだけいると思う?」

だが厚生労働省の幹部も、一歩も引かない。
「相手国のウイルス検査の精度だって、どこまで正確かわからない。それに検査では『偽陰性』が出てしまう可能性もある。14日間の待機を免除したら、国民の理解は得られない」

こうしたつばぜり合いの状況を目の当たりにして、官邸関係者はため息をついた。
「安倍政権は外交と経済で支持率を上げてきた。『厚労の安倍』じゃないんだ。支持率が下落している状況下、外交と経済で成果を出そうというのは自然な考えじゃないか」
菅のひと言で方向性は決まったが…
議論に終止符を打ったのは、菅官房長官(当時)だった。
「ビジネスのために緩和するんだ。意義がある形でやるように」
この瞬間、勝敗が決した。

菅は日本を「観光立国」とすることを掲げ、みずから旗を振ってきた。
日本を訪れた外国人旅行者は、去年1年間で3188万人と7年連続で過去最高を更新したものの、観光業は新型コロナで深刻な打撃を受けていた。政府はあらゆる対策を講じて、2030年に外国人旅行者を6000万人とする目標を実現することを打ち出している。

政府関係者の1人は、こう振り返る。
「6月に担当者を集めて打ち合わせをした時の菅官房長官の発言が大きかった。入国後の行き先を限定すれば14日間の待機は免除できる。そういう方向づけになった」
14日間待機をどうするか
菅の裁定を踏まえ、6月18日に開かれた政府対策本部の会合では、2つの仕組みが示された。「ビジネストラック」と「レジデンストラック」だ。

「ビジネストラック」は、出張など短期滞在者を対象に、PCR検査や、日本での活動計画書の提出を求め、移動する範囲を職場などに限る代わりに、ホテルなどでの14日間の待機を免除する。
「レジデンストラック」は、企業の駐在員など長期滞在者を対象に、PCR検査などに加えて14日間の待機を要請する。

ただ当日配布された、実際の資料はこちらだ。

「レジデンストラック」はただし書きとして資料の片隅に小さく載っているだけだった。「ビジネストラック」が大きく扱われ、詳細な説明が記載されていた。政府としてどちらを重視するかは明白だった。

しかし厚生労働省の幹部は、そっとささやいた。
「日本だけが免除と言っていても、そのとおりにはならない。待機を免除できるかどうかは、相手国との交渉で決まる」

その予言のようなささやきは、のちに現実のものとなる。
第1陣の4か国は「政治的判断」
2つ目のポイントは、対象国の選び方だった。

政府は、往来を再開する対象の国を選ぶ際の目安として、直近1週間の人口10万人当たりの新たな感染者数に着目した。緊急事態宣言を解除する際に使われた指標で、この数字が0.5人を下回っているかどうかを往来再開の目安として活用することにした。

この目安を満たしたのは、中国、韓国、台湾、タイ、ベトナム、オーストラリア、ニュージーランドの7つの国と地域だった。

5月17日に安倍をはじめ関係閣僚が出席した非公式の会合で、往来の再開を目指す第1陣の対象国を、タイ、ベトナム、オーストラリア、ニュージーランドの4か国とする方向性を確認した。
中国、韓国、台湾は目安を満たしていたにもかかわらず、対象から外れたのだ。

そこには政治的な判断があった。政府関係者が本音を明らかにした。
「『新型コロナウイルスの発生源と言われている中国を1番にするのもねえ…』という感覚があった。また、中国と韓国は感染が再拡大する兆候があり、その懸念もあった。それから台湾は、中国と同じ第2陣のグループで協議を進めたほうがいいという相場感もあった。同じグループにさえ入れておけば、感染状況から判断して、台湾のほうが先に往来再開になるだろうという読みもあった」
政府の誤算
しかし第1陣の対象国とした、タイ、ベトナム、オーストラリア、ニュージーランドとの交渉は、一筋縄ではいかなかった。

最初の誤算は、オーストラリアとニュージーランドだ。南半球にある両国は日本と季節が逆なので、両国は冬に向かって感染が再拡大しかねないと、往来の再開に慎重な姿勢を強めてしまった。

外務省幹部は「両国とも厳しい感染防止策が国民に支持されている。この状況では、緩和できないというのはしかたないだろう」と釈明した。

残るタイとベトナムとも、14日間の待機が免除される「ビジネストラック」の合意を目指したが、交渉が難航した。

ベトナムは、日本で緊急事態宣言が全面解除されたあと、6月の半ばから、日本の新規の感染者数が急激な増加傾向を示したことから、慎重姿勢を強めた。

タイとの交渉も、7月に入って合意直前に急ブレーキがかかった。エジプトやスーダンから入国した人たちが、隔離措置を無視して街に繰り出し、のちに陽性が判明したためだった。

結局、ベトナムとタイとの交渉は7月22日、「レジデンストラック」で合意するのみにとどまった。14日間の待機措置は維持されることとなった。
海外では厳格待機も
日本での待機などはあくまでも要請であり、罰則などの強制力はない。空港からの移動や待機場所も個人がそれぞれ手配することになっている。

一方、中国では14日間の待機が求められるなど、厳格な隔離体制がとられている。

「中国はきっちりしている」
8月下旬に中国・上海に赴任した日本企業勤務の男性にオンラインで話を聞いたところ、中国の徹底した水際対策に驚いたという。

空港の敷地外には、勝手に出られない。男性も上海の空港に到着するとPCR検査を受け、検査結果を知らされないまま中国当局が用意したバスに誘導され、近くのホテルに向かったという。

これは男性が撮影した、待機先のホテルの部屋だ。ここからも出られなかったという。

部屋の鍵をくれないので、いったん部屋を出ると戻れなくなってしまうのだ。
ホテルの部屋はタオルの交換はないものの、1日3回の食事が提供された。
毎日2回の検温の結果は、スマホを通じて当局に報告した。

ホテルによって状況は違うようだが、男性の部屋は窓を開けても目の前は壁だったため、景色を見ることができなかったという。
「空が全く見えない空間なのでけっこうつらい。待機を続けることは精神力がいる。そういうものだと割り切らないと耐えられない。『ここまでやらないとダメなんだ』と納得している」
迫る五輪・パラ
「鎖国状態」からの出口が見えない中、政府関係者が気をもんでいるのが、来年に延期された東京オリンピック・パラリンピックだ。

IOC=国際オリンピック委員会も揺れている。9月に入りIOCの副会長で東京大会の準備状況を監督するコーツ調整委員長は、「新型コロナウイルスがあろうとなかろうと、大会は予定どおり来年7月23日に開幕する」と言及。

一方、IOCのバッハ会長は、「すべての関係者にとって安全な環境で来年夏の大会を開催するという原則を引き続き守る」と述べ、安全な環境が開催の条件とする従来の見解を改めて強調した。

政府は、来年前半までにすべての国民に提供できるワクチンの確保を目指すことを打ち出した。

大会に出場する各国の代表選手に対する入国制限措置の緩和策として、入国後14日間の待機を求めないなどとした案をまとめるなど、急ピッチで環境整備を進めている。

政府関係者はこう指摘する。
「オリンピックでは海外から人がやってくる。来年の夏から逆算して、準備を進めないといけない。検査体制を増強し、感染を広げずに海外から人を受け入れることに慣れていかないと」
「開国」への道のりは
政府は入国を緩和する第2陣として中国や韓国などと往来再開の協議を進め、9月8日からはマレーシアやカンボジア、それに台湾など、5つの国と地域との間で「レジデンストラック」による緩和が始まった。

9月18日からは、ようやく14日間の待機が免除される「ビジネストラック」も、シンガポールとの間で開始する。

政府は空港における検査体制を、1日当たり4300件から、9月からは1日当たり1万件に拡充し、人の往来の緩和をさらに進めることにしている。

ある政府高官は、検査能力の見通しを次のように説明した。
「11月中には1日当たりの検査件数を2万件に引き上げ、成田・羽田・関西の3空港での体制を拡充するとともに、新千歳、中部、福岡の3空港を追加したい。ただ、東京オリンピック・パラリンピックに向けては3万件でも足りない。来年7月には1日当たり5万件とする案を検討している」

「開国」に向けた次の一手をどう打つのか。

NSS=国家安全保障局の内閣審議官、藤井敏彦に聞いた。

海外との往来制限などの水際対策には、外務省のほか、法務省、厚生労働省、経済産業省などさまざまな省庁が関わる。その司令塔を担うのがNSSの「経済班」で、藤井はその責任者を務めている。国家機密が集中するNSSは情報管理が厳しく、インタビューに応じるのはまれだ。

「検査能力を拡大すれば、その分、人の往来が再開できる。またワクチンは『ゲームチェンジャー(局面を変えるもの)』であり、行き渡れば検査は不要になる。現状は、検査の拡大とワクチン開発の両にらみで対応していく」

ただし藤井は、こう付け加えることも忘れなかった。
「外国人旅行者の入国の見通しは、今の時点では具体的に言えない」

東京オリンピック・パラリンピックが日に日に近づく中で、「令和の鎖国」からの開国に向けた政府内の模索が続いている。
(文中敬称略)

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